結論から言うと、発注側の社内SEにとっての要件定義は「新しい業務の進め方を決め、社内の合意を取り付ける意思決定」そのものです。
ITサービスを提供するSIerやSES(以降、受注側)で開発に携わるエンジニアにとって、要件定義は仕様を整理して実装へつなぐ工程になりがちです。
一方で、事業会社の社内SE(以降、発注側)は、仕様書を書く作業から一歩踏み込み、ITで自社の業務プロセスを再設計し、運用ルールまで含めて確定させる立場にあります。ここが受注側との最も大きな違いです。
この記事では、情シス歴20年の経験をもとに、要件定義の目的と、発注側・受注側それぞれの立ち位置の違いをわかりやすく解説します。
なお、社内SEの職種全体の前提(業務システム担当の役割や守備範囲)を先に押さえておくと、本記事の内容がよりスムーズに理解できます。あわせてこちらもご覧ください。
関連記事 社内SEの『業務システム担当』とは?
この記事を読めば、こんなことが分かります!
- システム開発における要件の定義とその3層構造
- 受注側と発注側で、要件定義における裁量権や責任がどう変わるのか
- 業務フロー設計や決裁の獲得など、発注側が担う主要な5つの業務内容
- 生成AIを活用した効率化など、要件定義を成功させる5つのコツ
要件定義の目的と社内SE(発注側)が果たす役割

要件定義はシステム開発の最上流工程であり、プロジェクトの成否を分ける極めて重要なフェーズです。
この工程の本来の目的と、発注側ならではの立ち位置を確認しましょう。
「要件」とは:ビジネス実現のためのシステム仕様
要件とは、ビジネスの目的(Why)を達成するために、システムが具体的に実現すべきこと(What)の定義です。
以下の3つの層に分解して理解することで、漏れのない計画を立てることが可能になります。
要件の3層構造
- 1.業務要件
現行の問題点を洗い出し、導入後に業務がどう変わるかという「理想の姿」を定めたもの - 2.機能要件
業務を実現するために、画面や自動計算などシステムに実装する具体的な機能のリスト - 3.非機能要件
性能やセキュリティなど、ユーザーの目には見えにくいが安定稼働を支える品質の条件
要件定義の本質:新しい業務ルールの合意形成
要件定義の本質は、要望の書き起こしではなく、導入後の業務ルールとスコープを確定し、関係者の合意を取ることです。
曖昧なまま進めると後工程で仕様変更が頻発し、納期と費用が大きくブレるからです。
要件定義とは、単にユーザーの要望を書き留めることではありません。
システム導入によって業務をどう変えるか定義し、土台を固める工程と言えます。
受注側と発注側の責任の違い:意思決定を下す主導権の所在
受注側は要望を仕様に落とし込み実現する責任を負い、発注側は自社の仕組みをどう変えるかを決めて合意形成する主導権を持ちます。
違いを整理すると以下の通りです。
- 出発点:発注側からの声掛け、RFP提示など
- 主な責任:業務要件をシステム要件に変換
- 焦点:実現方法の検討と開発工数や品質の管理
- 成果物:要件定義書、見積書など
- 出発点:経営戦略、ユーザの不満、法制度変更など
- 主な責任:スコープと要件の合意形成
- 焦点:あるべき業務の姿と投資対効果
- 成果物:業務フロー、社内決裁資料など
以降は発注側(社内SE)の視点で、要件定義を成功させる具体的な実務を解説します。
要件定義における社内SEの主要業務5選

発注側の社内SEが行う要件定義は、ユーザーの要望をただ聞く「御用聞き」ではありません。
プロジェクトの成否を決める「5つの重要な判断」を、どのように進めるべきか詳しく解説します。
1.業務要件定義:新しい業務フローの設計
今の仕事のやり方をそのままシステム化するのではなく、導入後の理想的な業務の流れ(To-Be)を設計します。
今の業務をそのままシステム化しても、効率化されるとは限らず、かえって費用や手間が増えるリスクがあるからです。
既存の無駄を省き、パッケージの標準仕様に業務を合わせることで、開発費を抑えつつ最大の効率化を図ります。
業務フロー設計の例
- 申請プロセスの刷新
紙と承認印のフローを廃止し、スマホでの電子承認へ切替 - 入力業務の自動化
複数箇所での二重入力をなくし、データが自動連携される仕組みを構築
システムを作る前に新しい仕事の進め方を組み立てるのが、社内SEにしかできない大仕事です。
2.非機能要件定義:最適な品質グレードの見極め
性能やセキュリティなどの品質条件について、費用とリスクのバランスを見て求める水準(グレード)を決定します。
品質の基準が曖昧だと、将来的な障害リスクが高まり、予期せぬ費用の増加を招く恐れがあるからです。
経営的な視点でその投資に価値があるか判断し、適切なスペックを選択する役割が求められます。
品質グレードの設定例
- 稼働時間の定義
夜間に停止しても支障がない仕組みなら、24時間稼働をやめて費用を抑制 - 応答速度の数値化
感覚的な要望を、3秒以内に画面表示されることのように具体的に定義
予算と守るべきもののバランスを考え、自社にとって最適な品質レベルを定義することが重要です。
3.スコープ管理:やる範囲とやらない範囲を決定
ユーザーからの膨大な要望に対し、予算や納期を守るためにやる範囲とやらない範囲を明確にします。
全ての要望を盛り込むと、費用が膨らむだけでなく開発期間も延びてしまい、本来得られるはずの利益を逃してしまうからです。
限られた資源を有効に使うため、投資対効果の低い機能は削ぎ落とさなければなりません。
スコープの線引き例
- 優先順位による除外
利用頻度が低い帳票機能などは、システム化せずExcel運用でカバー - 段階的な導入の提案
必須機能を優先し、付加価値の低い要望は次期対応として今回は除外
要望を足すことよりも、ビジネス上の優先度からやらないことを決める判断が社内SEの価値を決めます。
4.プロトタイプ提供:認識のズレを未然に防ぐ
言葉や文章だけのやり取りを避け、プロトタイプを早い段階で提示して合意を図ります。
ユーザーは実際に動くものを見ない限り、本当の課題や不便さに気づくことが難しいからです。
早期にイメージを共有することで、開発終盤での思っていたのと違うという致命的な手戻りを防げます。
プロトタイプによる確認例
- 操作性の即時確認
会議中にボタン配置を変更して見せ、使いやすい形をその場で確定 - 生成AIの回答精度検証
生成AIで回答案を提示し、実際の業務で適用可能か検証
持ち帰って検討する時間を減らし、その場で形にして確認するスピード感がプロジェクトを成功に導きます。
5.決裁:要件や費用を説明し承認を得る
決まった内容を文書化し、経営層や部門長から開発着手への正式な承認を取り付けます。
責任者がこれで進めると承認しない限り、ユーザーからの要望はいつまでも止まらないからです。
開発着手後の仕様変更は費用の増加を招くため、この段階で合意を確立する必要があります。
決裁と承認獲得の例
- 責任者の署名獲得
これ以降の変更は納期に影響することを伝え、正式な合意を取付 - 投資判断の説明
開発費に対して得られる利益を再度説明し、プロジェクトの決裁を獲得
決まるのを待つのではなく、社内を調整して内容を確定させる推進力が求められます。
ユーザーの課題を解決に導く!要件定義を成功させる5つのコツ

実務をこなすだけでなく、プロジェクトを成功させるためには発注側ならではのコツや心構えが不可欠です。
1.生成AIとの壁打ちで企画のたたき台を作る
ユーザーからの曖昧な指示をそのまま受けず、生成AIを思考のパートナーとして活用し、解決案のたたき台を作成します。
ゼロから人間だけで整理しようとすると時間がかかる課題でも、生成AIなら多角的な視点を提示してくれるからです。
実際にAIに問いかけることで、自分では気づけなかった論点が整理され、対話の質が向上します。
生成AI活用の具体例
- 課題の構造化
業務の効率化要件を10個出力させ、議論の土台を構築 - 漏れのチェック
作成した要件に対し、生成AIに不足している視点を指摘させて精度を向上
生成AIが作った土台を磨き上げることで、定義の質と速度を両立できます。
2.業務の現状と理想を比較して差分を可視化する
現在の業務フロー(As-Is)と導入後の理想(To-Be)の両方を図解し、その差分(ギャップ)を特定します。
現状の業務をそのままシステム化するだけでは、古い慣習が残り、本質的な改善にならないからです。
ギャップを可視化することで、システムで解決すべき範囲と、運用でカバーすべき範囲が鮮明になります。
可視化のメリット
- 共通認識の形成
言葉の定義のズレをなくし、関係者全員が同じ完成図を共有できるようにする - 納得感の向上
今の手間がこうして無くなるのと示すことで、ユーザーの協力を獲得する
業務の変化を具体的にイメージさせる資料を用意することが、手戻りを防ぐ最大のコツとなります。
3.RFPを活用して受注側に対する主導権を握る
受注側の企業に任せっきりにせず、自社主体で要件をまとめたRFP(提案依頼書)[1]を提示します。
要件定義を外部に丸投げすることは、自社の意図しない仕組みができる原因となり、費用の高騰を招くからです。
社内SEが解決したい課題を文書化することで、提案内容を正しく評価できる立場を確保できます。
RFP活用の利点
- 主導権の保持
外部の言いなりにならず、自社にとって適正な費用や仕様を決定する - 説明責任の遂行
選定の根拠を明確にし、経営層に対し客観的なデータを持って説明する
RFPの作成は、社内SEが果たすべき重要な説明責任であり、プロジェクト成功の必須条件と言えます。
4.生成AIのハルシネーション受容と運用ルール策定
生成AIは100%の正確性を保証できないことを前提に、人間が最終確認を行う新しいフローをユーザーと合意します。
誤回答のリスク(ハルシネーション[2])を完全に防ぐことは不可能であり、完璧を求めすぎるとプロジェクトが停止するからです。
生成AIに下書きを作らせ、残りは人間が仕上げるという精度の低さを運用で補うルールを定めておく必要があります。
運用のルール化の例
- 最終チェック工程の導入
生成AIの回答をそのまま公開せず、必ず担当者が内容を確認する工程を入れる - 責任の所在の合意
AIの回答は参考値であり、最終判断の責任は人間が負うことを共有する
システムに完璧を求めないという新しい運用ルールをユーザーと握ることが、AI活用の成功を左右します。
5.内容の確定による手戻りの防止と合意形成
要件定義の最後には、関係者を納得させて内容を意図的に確定させるための調整を行います。
要件は放っておけば増え続ける性質があり、誰かが区切りをつけない限り開発に進めないからです。
後工程での手戻り費用を最小限にするため、この段階でこれで行くという意思決定を周囲に促す必要があります。
内容を確定させるための動き
- 期待値のコントロール
まずは80点の完成度でリリースし、運用の中で育てるという合意を獲得する - 期限の明示
この日までに決まらない事項は次期対応に回すと宣言し、迅速な判断を促進
関係者を調整して内容を確定させる力は、社内SEが持つべき真の価値です。
まとめ:ビジネスを構想する要件定義の価値
社内SEにおける要件定義は、単なる機能リストの作成ではなく、自社の未来を左右する仕組みの設計工程です。
- 役割の転換:仕様を固める受注側から、仕組みそのものを決定する発注側へ立ち位置が変化する
- 実務の焦点:あるべき業務フローの設計から、プロトタイプの提示、投資判断の決裁まで一貫して実施する
- 成功への鍵:投資対効果を重視したスコープ管理と、内容を確定させるための調整および推進力を磨く
今のあなたが指示通りのシステム作りに限界を感じているなら、社内SEとしての要件定義は最高の挑戦になります。
技術の知識を武器に、ビジネスを動かす仕組みの設計者としての一歩を踏み出してみませんか。
-
-
【現役20年のプロが教える】社内SE転職エージェント完全ガイド|特徴と評判を徹底解説
社内SEへの転職は、キャリアアップやワークライフバランスの改善を目指す多くのITプロフェッショナルにとって魅力的な選択肢です。しかし、社内SEの求人は非公開案件が多く、何から手をつければいいか分からな ...
続きを見る
社内SE의 요건정의에 관한 자주 묻는 질문(FAQ)
Q1. ユーザーから現状の業務をそのままAIで自動化したいと言われたら?
「AIに何を任せ(システム要件)、人間は何に集中するか(業務要件)」という分担を考えてください。
AIには得意と不得意があり、現時点で100%の業務を任せることができないからです。
AIをあくまで道具として位置づけ、丸投げはできないことをユーザーとも合意する必要があります。
具体的な分担
・生成AI:大量のデータ処理や傾向分析などの定型作業実施
・人間:結果をチェックして最終報告、イレギュラー対応
今の仕事を単に楽にするのではなく、仕事のやり方自体をユーザーと共に変えることを要件として合意してください。
Q2. ユーザーからの要望が多すぎて予算や納期に収まらない場合は?
要望をすべて受け入れるのではなく、投資対効果(ROI)に基づいて「やらないこと」を決める引き算の判断をしてください。
すべての要望を叶えようとするとプロジェクトは際限なく肥大化し、納期遅延や品質低下を招くからです。
要望の交通整理をせずに全部抱え込むことは、後から保守費用として響く「隠れ負債」を増やすことになり、失敗への最短ルートとなります。
具体例
・利用頻度の低い帳票機能を開発対象から外し、Excel運用での代替を提案
・帳票の真の目的を再確認し、業務に必要な最小構成のみを要件として定義
優れた社内SEとは、多くの機能を作る人ではなく、将来の負債にならないよう「不必要な機能を削れる人」です。
Q3. 受注側のITサービス業に要件定義を任せてもいいですか?
資料作成などの実務を依頼することはあっても、最終的な「意思決定」まで丸投げしてはいけません。
受注側のパートナー企業は技術のプロですが、貴社の業務や将来の経営戦略に対して最終責任を負う立場ではないからです。
丸投げをしてしまうと、開発側に都合の良い仕様や、実態に合わない高コストな提案がそのまま通るリスクが高まります。
具体例
・ITサービス業からの提案に対し、パッケージの標準機能で代替できないか検証
・保守費用の増大を招く独自開発のリスクを発注側が主体となって判断
要件定義は単なる資料作りではなく投資の意思決定です。案を出すのは受注側、内容を確定させるのは発注側という役割分担を徹底しましょう。
Q4. ユーザーの言う通りに画面を作ったのに「使いにくい」と言われるのはなぜ?
ユーザーの表面的な「こうしたい」という要望を鵜呑みにし、裏にある真の課題(Why)を解決していないからです。
ユーザーは今の不便なやり方を前提に要望を出すため、そのまま画面にしても根本原因が解決されず、結局「楽になっていない」と評価されがちです。
社内SEがすべき仕事は、ユーザーの御用聞きになることではなく、システム導入後の理想の姿を描き、業務プロセスそのものを変えることです。
具体例
・入力チェック強化の要望に対し、ミスの真因が手入力にあると特定
・チェック機能を増やすのではなく、手入力自体を廃止してデータ連携へ切替
一歩引いた視点でなぜその機能が必要なのかを深掘りし、真の解決策を提示する姿勢を持ってください。
Q5. 要件がいつまでも決まらずに長引く状態を防ぐにはどうすればいい?
会議で話し合うだけでなく、要件を決裁資料として文書化し、責任者の承認を得て「いったん確定する区切り」を設けてください。
要件は自然に収束しないため、区切りがないまま議論を続けるとスコープが膨らみ、納期遅延や甚大な手戻り費用を招くからです。
いつまでに何をどの範囲で実現するかを一度固め、次工程に進める状態を作ることがプロジェクトを完遂させるコツと言えます。
具体例
・要件定義書の表紙に承認欄を設け、各部門の責任者から正式な署名を獲得
・要件確定後の変更要望に対し、費用や納期への影響を評価して協議するルールを明文化
決めるべきことを決めて前に進むための区切りと、柔軟な調整ルールをセットで用意することが、複雑なプロジェクトを止めない秘訣です。
この記事で使われている専門用語の解説
- [1] RFP (Request for Proposal)
- 提案依頼書。受注側の企業に対して具体的な要件を提示し、提案を求める資料。これを作る力は発注側の主導権を左右します。
- [2] ハルシネーション
- 生成AIが、事実に基づかない情報をあたかも真実であるかのように生成してしまう現象。これを見越した運用設計が必要です。
- [3] CIO (Chief Information Officer)
- 最高情報責任者。情報システムを統括し、IT戦略の立案・執行に責任を持つ経営役員のことです。
- [4] BPR (Business Process Re-engineering)
- 業務プロセス再設計。IT導入を機に古い業務フローを根本から見直し、組織の目的に合わせて最適化することです。