「技術スキルを磨くのが最優先。英語は翻訳ツールがあれば十分」
現場で忙しく働くエンジニアほど、そう考えるのは自然なことです。私自身、若手の頃は「技術さえあればいい」と考えていました。
しかし、クラウドやAIなど技術トレンドがグローバル化した現在、英語力は技術者のキャリアを広げるための強力な選択肢の一つとなっています。
英語ができるからといって、技術力が不要になるわけではありません。
ただ、確かな技術スキルに英語という「掛け算」が加わると、あなたの市場価値はより高まる。これもまた一つの事実です。
この記事では、AI翻訳が発達した今だからこそ求められる「現場での実践的な英語活用」と、忙しいエンジニアが「効率的に学ぶための戦略」について解説します。
「英語も武器の一つにしてみたい」と思っている方は、ぜひ今後のキャリア戦略の参考にしてみてください。
なお、この記事ではエンジニアの市場価値を高める「英語力」について解説しますが、社内SEとしてのキャリア全体を見据えたスキル戦略や、他の資格との優先順位について知りたい方は、以下の記事も併せてご覧ください。
関連記事 社内SEの市場価値を上げる資格とスキル|目的別キャリアアップ戦略
この記事でわかること
- ITエンジニアに英語力が重要視される「4つの構造的な理由」
- AI翻訳が発達しても英語力が必要な「4つの根本的な理由」
- TOEICスコア取得が、学習・昇格・転職に与える3つの効果
- 職務タイプ別に見た「現場で本当に必要な英語レベル」の目安
- 日々の業務とAIを活かした、エンジニア向け英語学習法
なぜ今、ITエンジニアに英語力が求められるのか?4つの普遍的価値

まずは、特定の職種に限定せず、ITエンジニア全般にとって英語力の価値が高まっている背景を整理します。ここでのポイントは、「英語ができると便利」というレベルを超えて、仕事そのものの前提条件が変わりつつあるということです。
価値1:「情報レイテンシ」をゼロにし、一次情報へ最速でアクセスする
クラウド、セキュリティ、AI、開発ツールのアップデート情報は、そのほとんどが英語で最初に公開されます。
日本語の翻訳記事や技術書が出るのを待っていると、どうしても数日〜数週間、場合によっては数ヶ月のタイムラグが発生してしまいます。
この情報の遅延(情報レイテンシ)は、変化の早いIT業界において致命的なリスクになり得ます。英語を直接読む習慣があれば、以下のような一次情報[1]にリアルタイムでアクセスできます。
- リリースノート:新機能や仕様変更の即座な把握と、設計への反映
- セキュリティ速報:CVE[2]などの脆弱性情報の原文確認と、攻撃を受ける前の迅速な対策
- 公式ドキュメント:翻訳ミスや古い情報に惑わされない、正確な仕様理解
「誰かが翻訳してくれるのを待つ時間」をゼロにすること。これが、エンジニアとしての防御力と競争力を高めます。
価値2:「翻訳税」を払わず、トラブルシューティングを高速化する
インフラ・アプリを問わず、システムが出力するエラーメッセージやログは基本的に英語です。
都度翻訳ツールにコピペして意味を調べる作業は、一件あたりは数秒でも、積み重なると膨大な時間と集中力のロス(翻訳税)になります。
また、トラブル対応の質も変わります。英語のエラーメッセージをそのまま検索キーワードとして使えば、世界中のエンジニアの知見にアクセスできるからです。
検索対象となる情報量の違い
- 日本語のみ:国内のQiitaやZenn、個人ブログ(情報量が限定的)
- 英語も活用:Stack Overflow[3]、GitHub Issue、公式フォーラム(世界中の解決事例)
英語を直接読める人は、この「翻訳税」を払わず、最短ルートで解決策に辿り着くことができます。
価値3:キャリアの選択肢を広げ、年収の上限を突破する
外資系企業、グローバル展開する日系企業、コンサルティングファームなど、一般的に年収レンジが高いポジションほど英語力を求める傾向があります。
同じ技術スキルを持っていても、英語力があるだけで「応募できる求人の母数」と「提示される年収の上限」が大きく変わります。英語は、あなたの技術スキルの価値をレバレッジ(てこ)のように増幅させ、キャリアの上限を押し上げる役割を果たします。
価値4:国籍多様なチームをつなぐ「共通言語」としての役割
オフショア開発[4]の拡大や、外国籍エンジニアの増加により、「日本語だけでは完結しないチーム」は年々増えています。
異なる母語を持つメンバー同士が連携する際、事実上の「共通言語」となるのが英語です。
- 海外ベンダーへの仕様確認や問い合わせ
- 多国籍メンバーが参加するミーティングでの合意形成
- 海外拠点向けのドキュメント作成
こうした場面で英語を使えるエンジニアは、単なる技術担当を超えて、チーム全体をつなぐハブ(中心)としての価値を発揮するようになります。
AI全盛時代でも「自分の英語力」が必要な理由

「翻訳AIがこれだけ優秀なら、自分で英語を学ぶ必要はないのでは?」
そう感じるのは自然なことです。ですが、AIが進化するほど、人間側の英語力の“質”が問われる場面は確実に増えています。
理由1:信頼関係(Rapport)はAI翻訳では築けない
AI翻訳機やスマホを挟むと、どうしても事務的な「情報の伝達」になりがちで、ビジネスの根幹である「感情の共有」や「信頼」が築きにくいからです。特にトラブル対応や交渉の場では、情報以上に人間同士のつながり(Rapport)が成果を左右します。
- 相手への敬意として伝わる、拙くても「自分の言葉」で話そうとする姿勢
- 心理的な距離を縮める、画面ではなく「相手の目」を見ての会話
- 文脈や空気感を読んだ「適切なニュアンス」の選択
ツールに頼りすぎたせいで信頼を損ねてしまい、「トラブル時はスピードこそ誠意」だと痛感しました。
AIはあくまで補助輪です。最終的に人を動かし、トラブルを収束させるのは、あなた自身の熱量と言葉です。
理由2:AIのアウトプットを「レビュー」し、ブラックボックス化を防ぐ
AIは優秀なアシスタントですが、常に正しいわけではありません。生成された内容の責任は、最終的にそれを利用する人間にあります。
もし英語が全くわからなければ、AIの出力をそのまま信じるしかありません。それは、中身の分からないブラックボックスを、自分の責任で業務成果物として使うのと同じであり、リスク管理の観点からは非常に危うい状態です。
- 専門用語の誤訳やハルシネーション(もっともらしい嘘)への気づき
- ビジネスシーンにそぐわない、失礼な表現の修正
- 契約書や技術仕様書の微細なニュアンス確認
AIが出した英文・和文をレビューし、違和感に気づいて修正できる「目利き力」が、これからのエンジニアには求められます。
理由3:リアルタイムの議論における「0.5秒の遅れ」が機会損失になる
オンライン会議、交渉、あるいはエレベーターでの雑談など、リアルタイムのコミュニケーションでは「瞬発力」が命だからです。
翻訳ツールを起動し、入力して、結果を読む。この数秒のラグがあるだけで、議論の流れから置いていかれ、発言のタイミングを逃してしまいます。
- 議論が白熱している場での、即座の意見差し込み
- 相手が困っている瞬間に入れる、一言のフォロー
- 人間関係を深めるための、ふとした雑談
会議で「聞いているだけの人」にならないためには、翻訳ツールなしで要点を掴む基礎的なリスニング力が不可欠です。
TOEIC(L&R)の基本情報と英語使用レベルの目安

エンジニアに、ネイティブレベルの英語力は必須ではありません。
本記事では指標として TOEIC L&R を用いますが、スコア獲得自体がゴールではありません。
重要なのは、自身の業務フェーズに合わせて「次にどのスキルを伸ばすべきか」を見極めることです。
TOEIC L&Rとは?(試験の仕組みと特徴)
TOEIC L&R は「聞く力」「読む力」を測定するテストです。
エンジニアにとっては、ドキュメント読解やエラー対応に必要な「インプット能力」の基礎体力を測るのに適しています。
TOEIC L&R|基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 測定スキル | Listening(聞く)+ Reading(読む) ※エンジニアの実務(調査・読解)に直結するインプット能力を測定 |
| 試験時間 | 計120分(L 45分/R 75分) ※大量の英文を短時間で処理する「情報処理能力」も問われる |
| 問題形式 | マークシート形式(選択式) ※全200問。ビジネスシーンを想定した実践的な内容が中心 |
| スコア範囲 | 10〜990点(5点刻み) ※合否ではなくスコアで表示されるため、成長の推移が見えやすい |
| 費用 | 7,810円(税込) ※自己投資としては比較的安価で、費用対効果が高い |
※注意:TOEICには Speaking & Writing(S&W)もありますが、企業で最も広く活用されるのはL&Rのため、本記事ではL&Rのみを対象としています。
TOEIC取得による3つの効果
「話せるようにならないから意味がない」という意見もありますが、キャリア形成においてTOEICは依然として強力な武器です。
本記事では資格至上主義を推奨するものではありませんが、客観的な指標を持つことには確かなメリットがあります。
特にエンジニア職では、技術スキルに加えて「英語の基礎体力」を数値で示せることは、自身の市場価値を証明する上で大きなアドバンテージとなります。
TOEIC取得がキャリアにもたらす効果
- 成果が見えにくい語学学習において、スコアが明確な短期目標やペースメーカーになる
- 大手企業や外資系企業において、マネージャー昇格条件(600〜800点など)をクリアできる
- 転職市場において「英語のアレルギーがなく、基礎学習ができる人材」だと客観的に証明できる
【決定版】業務別に求められる英語スキルとTOEICの目安
「英語ができる」と一言でいっても、職種や役割によって求められるレベルは全く異なります。
曖昧な目標を立てるのではなく、「業務で英語をどう使うか(情報の深さ)」という観点で3段階に整理しました。
ご自身のキャリアプランと照らし合わせ、まずは次のフェーズに上がることを目標にしてください。
| Level | 英語の使い方 | 職務イメージ | TOEIC | 必要スキル |
|---|---|---|---|---|
| 1 | 情報収集 技術文書・エラーログの読解 |
国内SIer・社内SE インフラ運用/国内向け開発 |
600〜700 | Reading特化 一次情報の読解力 |
| 2 | 調整・連携 海外と非同期コミュニケーション |
SRE・外資テクサポ 海外SaaS導入・ブリッジSE |
700〜800 | Reading+Writing 誤解なく伝える文章力 |
| 3 | 協業・交渉 会議で議論・合意形成 |
PM・ITコンサル 外資系マネージャー |
800〜900+ | 4技能(Speaking含む) 瞬発的な会話力 |
多くのエンジニアにとって、まずはLevel 1(読む力)を確保することが、最もコストパフォーマンスの高い英語学習になります。
現場で使うための「エンジニア流」実践的学習戦略

多忙なエンジニアが、机に向かって単語帳をパラパラめくるだけでは、現場で使える英語は身につきません。
日々の業務そのものを学習の場に変える、エンジニアならではの効率的な戦略を提案します。
戦略1:エラーログと公式ドキュメントを「最強の教科書」にする
英語学習の教材は、身の回りにすでに大量に存在します。それが「エラーログ」と「公式ドキュメント」です。
- まずは翻訳ツールを使わずに、自力で意味をつかもうとする(1分だけ頑張る)
- どうしてもわからない単語だけをピンポイントで調べる
- よく出る技術用語やフレーズを、自分用のメモに残す
技術的な文脈が頭に入っているため、一般的なニュース記事を読むよりも遥かに理解しやすく、記憶にも残りやすいのが特徴です。「仕事が進む」と「英語力が伸びる」の一石二鳥を狙いましょう。
戦略2:AI(ChatGPT等)を「専属コーチ」として使い倒す
AIを単なる「翻訳機」として使うのはもったいないです。「専属の英語コーチ」として活用することで、実務で使える表現を効率よく身につけられます。
- 添削依頼:自分が書いた英文メールを貼り付け、「ビジネス向けに自然な英語に直して」「なぜその修正をしたのか解説して」といった修正依頼と解説の確認
- 壁打ち練習:「私は社内SEです。海外ベンダーへの問い合わせメールの件名案を5つ出して」といったアイデア出しの依頼
単なる丸暗記ではなく、自分の言葉として再利用できる表現をAIと一緒に作っていく感覚が大切です。
戦略3:資格勉強7割・実戦3割の「黄金比率」で学ぶ
TOEICの勉強は基礎力向上には役立ちますが、それだけでは「話せる」ようにはなりません。インプットした知識を使う「場数」が必要です。
おすすめのバランス(インプット:アウトプット)
- 基礎固め(7割):『公式TOEIC L&R 問題集』や『出る単特急 金のフレーズ』、アプリ『abceed』などを使った、単語・文法・リスニングの土台作り
- 実戦練習(3割):『Bizmates』のようなビジネス特化型オンライン英会話を使った、実際に「英語で業務説明をする」練習
特にオンライン英会話では、フリートークではなく「自分の仕事内容を説明する」練習が最も実務に直結します。
インプットとアウトプットを両輪で回すことで、「テストで点が取れる英語」から「現場で使える英語」へと着実に変わっていきます。
まとめ:英語は「技術×英語」で価値を最大化するための乗数
本記事のまとめ
- 英語力は、ITエンジニアにとって「技術スキルの価値を何倍にも高める乗数」であること
- AI翻訳が進化しても、信頼関係の構築・AI出力のレビュー・リアルタイム対応・一次情報アクセスのために自分の英語力が必要になること
- TOEICは、学習モチベーション・昇格要件・転職市場での評価という3つの面で強力な武器になること
- 求められる英語レベルは、担当する役割(Level 1〜3)によって大きく異なること
- 日々の業務(ログ・ドキュメント)とAIを活用することで、忙しくても「現場で使える英語力」を育てていけること
もはや英語は、一部の「グローバルエリート」だけのスキルではありません。
「技術」と「英語」を掛け合わせることで、変化の激しい時代でも通用するエンジニアへと進化していくことができます。
いきなり完璧を目指す必要はありません。
まずは自分の職務タイプに必要なレベルを見極め、「エラーログを原文で読む」「公式ドキュメントの英語版をブックマークする」といった、小さな一歩から始めてみてください。
FAQ:社内SEと英語に関するよくある質問
Q1. 翻訳ツールを使えば、英語力は必要ないのでは?
いいえ、翻訳ツールは便利な補助ですが、英語力の代替にはなりません。
なぜなら、ツールの翻訳精度には限界があり、特に技術的なニュアンスや契約書などの正確性が求められる場面では誤訳のリスクが伴うからです。また、リアルタイムでの会議や交渉など、スピードが求められる場面では対応できません。
例えば、海外ベンダーとの緊急トラブル対応会議で、翻訳ツールを介していては迅速な意思疎通は困難でしょう。
したがって、ツールを賢く使いこなしつつ、基礎となる英語力を持つことが不要というのは誤解であり、依然として重要です。
Q2. 英語の読み書きだけで、会話はできなくても大丈夫ですか?
はい、職務によりますが、読み書きだけでも大きな武器になります。
特に、インフラ担当や国内中心の企業の社内SEの場合、主な業務は英語ドキュメントの読解やメールでのやり取りが中心です。例えば、海外製ソフトウェアのマニュアルを原文で読めるだけで、トラブルシューティングの速度と質は格段に向上します。
まずは読み書きのスキルを固めるだけでも対応できる業務範囲は広がるため、スピーキングはその後のキャリアプランに応じて段階的に伸ばしていくという考え方で問題ありません。
Q3. TOEICのスコアは高いですが、話せません。どうすればいいですか?
これは「資格あるある」です。インプットした知識をアウトプットする練習を、意識的に増やすことが最も効果的な解決策です。
でも、間違いを恐れずにオンライン英会話で簡単な自己紹介から始めたら、徐々に「知っている英語」が「使える英語」に変わっていきましたよ。
例えば、オンライン英会話などを活用して、「週に1回25分、英語で自己紹介と業務内容を説明する」といった小さな目標から始めてみましょう。実践を積み重ねることで、あなたの豊富な知識と会話力は必ず結びついていきます。
Q4. プログラミングと英語の学習、どちらを優先すべきですか?
キャリアのフェーズによりますが、両方を並行して少しずつ進めるのが効果的です。
なぜなら、英語力は新しい技術を学ぶ上での学習効率そのものを高めてくれるからです。もしあなたがIT未経験であれば、まずはプログラミングの基礎学習が最優先ですが、既に実務経験があるなら、1日の学習時間のうち「8割を技術、2割を英語」のように配分することをお勧めします。
したがって、両者は対立するものではなく、相乗効果を生むものと捉え、バランス良く学習を進めるのが賢明です。
Q5. 英語以外に学ぶべき言語はありますか?
キャリアの選択肢を広げるという観点では、現時点で英語の優先度が圧倒的に高いと言えます。
世界の技術情報のほとんどは英語で発信されており、IT業界のグローバルな共通語としての地位は揺るぎないからです。
もしあなたの会社が中国の特定企業とのプロジェクトを専門にしているなど、明確な業務ニーズがあれば別ですが、そうでなければ、まずは英語に集中投資するのが最も費用対効果の高い戦略です。
用語解説
- 1. 一次情報(Primary Source)
- 情報の出所となるオリジナルの情報源のこと。IT分野では、開発元が発表する公式ドキュメント、リリースノート、ホワイトペーパーなどを指す。
- 2. CVE (Common Vulnerabilities and Exposures)
- 共通脆弱性識別子。個別のセキュリティ脆弱性に割り当てられる一意の識別番号のこと。詳細情報はまず英語で公開されることが多い。
- 3. Stack Overflow
- プログラミングやシステム開発に関する技術的な質問と回答が投稿される、世界最大級のエンジニア向けQ&Aコミュニティサイト。
- 4. オフショア開発
- システム開発業務の一部または全部を、人件費の安い海外の企業や開発拠点に委託すること。
- 5. ブリッジSE
- 海外のオフショア開発チームと、国内の顧客や開発チームとの間の「橋渡し(ブリッジ)」役を担うシステムエンジニアのこと。語学力と技術力、コミュニケーション能力が求められる。